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東京高等裁判所 昭和34年(ラ)907号 決定

抗告人 山田久作(仮名)

相手方 兼安たみ(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一、本件抗告の趣旨およびその理由は、末尾記載のとおりである。

二、民法第九〇六条によれば、遺産の分割は遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の職業その他一切の事情を考慮してこれをすることになつている。

抗告人は、まず原審判は遺産分割の基準たるべき前記諸事情、とくに各相続人の職業その他一切の事情の点につき十分な審理をせず、そのため結果において不当な審判となつたと主張し、その具体的事由として、抗告人が昭和二十年以来、本件被相続人で山田合名会社の代表社員であつた母山田かよの委嘱により専心同会社の経営の任にあたるとともに、会社名義、個人名義を問わず一切の山田家財産の管理に尽瘁してきたことと、昭和二十七年一月十五日関係者間に山田家財産処分に関する協議が成立したこととを挙げている。

しかし、各相続人はその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継するのであるから(民法第八九九条)、遺産の分割も亦各自の相続分にしたがつてしなければならないことは、明らかである。

民法第九〇六条の意味するところは、遺産の分割は必らずしも遺産をそれぞれ現物につき分割する必要がなく、農地は農耕に従事する者に、店舗は商業を営む者にというように、遺産の性質や相続人の職業等に適するように分割することができるが、各自の相続する財産の価値は相続分にかなうようにしなければならないというのであると考うべきである。

ところで、原審判事件記録およびこれに先行する昭和三三年(家イ)第九〇一号遺産分割調停事件記録によれば、本件遺産分割の目的である被相続人山田かよの遺産は山田合名会社の社員としての持分以外にはないこと、そして、山田かよはその死亡の場合の相続分についてはもちろん、遺産分割の方法について特別の遺言もしなかつたことが明らかであるから、原審判が右被相続人が死亡に因り山田合名会社を退任したことによつて同会社に対し有することになつた持分払戻請求権を各相続人の法定相続分に応じ分割したことは、相当であるといわなくてはならない。抗告人の前示主張が、抗告人の同会社に対する功績その他の事由にかんがみ、相続分を超えて右払戻請求権を取得すべきであるという趣旨であるとすれば、不当というのほかはなく、そうかといつて、まず抗告人に本来の相続分を超えて取得させ、相続分を超えた分は、別に他の相続人に対して補償させるとすることも、分割の対象が持分払戻請求権というような権利である事情にかんがみ、意味のないことである。

本件遺産分割の対象は山田合名会社に対する亡山田かよ死亡による退社を原因とする持分払戻請求権であつて、その他の原因によつて抗告人が同会社その他の者に対し有する権利や、同会社の財産の範囲などは、本件とは関係がない。したがつて、抗告人主張の山田かよ生前財産分配に関する協議が成立していたというような事実も、それを右被相続人の相続分ないし遺産分割に関する遺言と解する余地は全くない以上、これ亦本件遺産分割とは別の手続において解決すべき問題であるといわなくてはならない。山田啓三から抗告人らに対する建物明渡および動産引渡請求のごときは、これらのものの間における建物および動産の所有権の争いであることは、抗告人の主張自体によつて明らかであるから、本件と関係のないことはいうまでもない。

三、次に、合名会社の社員は死亡により退社することは商法第八五条第三号により明らかであるから、右退社を原因とする持分払戻請求権がその遺産になるものといわなくてはならない。抗告人は山田かよの死亡により会社は解散になつたので、相続人がその地位を承継して社員となり、残余財産分配請求権を有するものと解すべきである、と主張するが、本件の山田合名会社が解散になつたのは山田かよが死亡により退社し、社員が一人となつたことが原因となるのであつて、もし相続人が社員の地位を承継するとしたならば、会社解散の事由は生じなかつたわけである。会社解散後に社員が死亡したときは、死亡は退社の原因とならないで、相続人が社員たる地位を承継するが、本件において山田かよが死亡したのは山田合名会社存続中であつて、その死亡による退社の結果、会社が解散するにいたつたのであるから、それとこれとは区別して考うべきである。原審判が亡山田かよの退社による同会社に対する持分払戻請求権を遺産分割の目的としたことは正当であるといわなくてはならない。

その他記録を調査しても、原審判にはこれが取消の原因たるべき何らの瑕疵を見出すことができない。よつて、本件抗告はその理由がないものと認めて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 入山実 裁判官 荒木秀一)

抗告の理由

第一、本審判は之を為すについて審理手続を尽さずして為された点に於て不当の審判であつて破毀さるべきである。

本審判は相手方兼安たみより抗告人山田久作外三名に対する遺産分割の家事審判申立につき昭和三十三年六月十一日を第一回とし十回にわたり調停が行われたが昭和三十四年七月九日に調停不調となりその後一回の審理もなくして同年十一月二十七日審判がなされたものである。

抗告人及び代理人に於ては調停打切りの上は審判に関し更に審理せられ、審判に対する意見又は事情を聴取せらるると共に疏明提出の機会あることを期待していたところその事無くして突然右言渡期日の通知を受けたので直ちにその期日の変更を申請し意見及び事情の聴取を求めたが採用とならず直ちに本審判がなされた。

若し右意見及び事情上申並びに疏明提出の機会を与えられて本抗告に於て述べている各般の事情を聴取せらるれば必ずや本審判はその内容結果を異にしたものと確信する。

従つて本審判は審理不尽の点に於て破毀さるべきである。

第二、本審判は民法第九〇六条所定の遺産分割に関する規準を無視してなされたものであり特に同条にいうところの「各相続人の職業その他一切の事情の考慮」の点を度外視して相続人間に遺産の均分相続を認めたのは甚しく失当である。

遺産分割につき考慮せらるべき事情の概略

1 山田合名会社は大正十四年に山田家一族の財産保全の目的を以て設立せられたものであつて、その財産は総て土地、建物の不動産で会社本店所在の建物とその敷地を除く不動産(土地のみ)は全部貸地である(この不動産の中には経理その他の都合上山田啓三所有名義とした分もある)。

抗告人山田久作は昭和二十年三月以来当時の代表社員母の山田かよから会社の経営と共に財産一切の管理処分を委嘱せられ会社名義、個人名義を問わず総て之を預かり今日に至るまで十五年間に亘り専らその任に当つている。

会社の所有土地は大部分貸地であつたところ戦災のため借地人は離散し地代収入はなくなり又終戦後の社会事情上不動産の維持管理は税金等の支出のみにて非常の困難を極め苦心惨たんの結果漸くにして現在まで財産を維持し得たものであつて、このために抗告人は勤めていた新井ベニヤ株式会社の営業主任の職を辞して専ら会社経営に従事し今日に及んだものであつて、此の如き事跡功労は遣産分割の上に十分考慮せらるべきである。

然るに本審判は右の事情を毫も考慮に入れていない。

2 被相続人及び相続人間に山田家財産処分に関する約束が成立している。

昭和二十七年一月十五日被相続人山田かよ、相続人啓三、はな子、抗告人、相手方、孝は田辺良男及び他の親戚等立会の上山田家財産配分につき協議を為し協議書を作成して暑名捺印した。之によると

イ 現在抗告人及び孝の居住する東京都江東区深川白河町○丁目○○番地の○の建物及びその敷地(二二六坪七三)は売却処分の上相続人等協議の上分配すること。

ロ その他の不動産については啓三名義となつているものは前項の処分の後に啓三が保有管理とし、会社名義の分は抗告人が譲り受けること

その他を協議決定したものであつて即ち山田家全財産がこの協議によりその相続人等に配分を定められたのである。この協議の内容は本件審判に於て遺産分割に関し考慮せらるべきこと素より当然であるにかかわらず何等これをしん酌せずして分割の割合を定め単純に均分相続を認めたのはまことに失当である。

第三、原審判はその理由に於て「合名会社の社員が退社したときは、会社に対してその持分の払戻請求権を有するものであるから、その社員が死亡により退社したときは、右持分払戻請求権は当該死亡社員の遺産として、相続人に帰属するものである」とし右払戻請求権を法定相続分に応じ相続人たる当事者間に主文の通り分割するとしている。しかし山田合名会社の社員は山田啓三と山田かよの両名であつたところ、かよは昭和三十年十二月二十五日死亡したので社員は啓三一名となり同会社は商法第九四条第四項により同日解散となり清算に入つたのである。会社の存続中における社員の死亡による退社の場合に於てはその相続人は被相続人の持分払戻請求権を取得し当然社員とはならないけれども、本件の如くかよの死亡により会社が解散となつたときはも早や持分払戻請求権なるものは存在せず、その相続人は被相続人の地位を継承して社員となり、残余財産分配請求権を有するものと解すべきものである(田中誠二、新版会社法四〇五頁参照)。原審判が会社解散の事実を看過し、既に存在しない持分払戻請求権を分割の対象としたことは法律の解釈を誤つたか或は重大な事実を誤認した違法があり到底破棄を免れないものと確信する。

よつて家事審判法第一四条、家事審判規則第一一一条によりここに即時抗告をなす次第である。

抗告理由補充申立

(一) 山田啓三から山田久作及び山田孝に対し昭和三十一年三月十三日建物明渡並に動産引渡請求の訴を提起し現に久作及び孝が居住する東京都江東区深川白河町○ノ○○ノ○鉄筋コンクリート造三階建居宅一棟(一階四〇坪一階以外四九坪七合七勺)及び右建物内に在る家具等六十八点の動産は原告啓三の所有に属し被告久作に昭和二十一年頃から無償にて貸与してあるもので又被告孝は原告に無断にて右建物並に動産を使用しているものであるとの理由により右の請求をしている。

(二) 久作及び孝は右の訴に対し

右建物及び動産は啓三単独の所有に属するものに非ずして啓三、その姉川合はな子、久作、孝、兼安たみ等五名の共有物であつて右建物(未登記)が家屋台帳に啓三名義になつているが之は山田家一族の財産維持保全の目的を以て設立せられた山田合名会社の借財整理並に税金関係のための操作として便宜上啓三名義に届出たまでであつて、事実上は右五名の共有に属し久作は母かよの命により昭和二十年三月以来共有者の為に動産と共に保管しているものであるとの理由で原告の主張を争つている。

(三) この訴訟は一時東京家庭裁判所の調停に附せられたが不調に終り現に訴訟として東京地方裁判所第十三民事部に於て審理中であり相当に進捗し次回期日は来る四月二日と指定されている。

(四) 右久作の抗弁としての主張は本件抗告に係る家事審判事件の調停中に久作から提出した数回の陳述書に詳述している処により明瞭であると信ずる。

原審(東京家裁 昭三四(家)八四四〇号 昭三四・一一・一九審判)

申立人 兼安たみ(仮名)

相手方 山田久作(仮名) 外三名

主文

本籍 東京都江東区深川白河町○丁目○○番地○(筆頭者山田啓三)亡山田かよの遺産を相続人である当事者の間に左のとおり分割する。

東京都江東区深川白河町○丁目○○番地○、山田合名会社に対する死亡による退社員山田かよの持分払戻請求権につき、

四分の一を山田久作の

四分の一を兼安たみの

四分の一を山田孝の

八分の一を川合はなの

八分の一を山田啓三の

各権利とする。

理由

山田かよ(本籍東京都江東区深川白河町○丁目○○番地○筆頭者山田啓三)は、昭和三十年十二月二十五日本籍地で死亡し、相続が開始したが、山田久作、兼安たみおよび山田孝は被相続人の嫡出子たる相続人であり、川合はなおよび山田啓三は被相続人の嫡出子亡新吉の嫡出子として、新吉を代襲して被相続人の相続人たるものである。そして右以外に被相続人には相続人はいない。以上の事実は、東京府北豊島郡岩淵本宿町○○○番地戸主石山すみの除籍謄本、深川区深川東大工町○○番地戸主山田啓太郎の除籍謄本、東京都深川区白河町○丁目○○番地○戸主山田新吉の除籍謄本および各当事者の戸籍謄本により明らかなところである。

ところで山田合名会社登記簿謄本によれば、被相続人は主文記載の山田合名会社の社員であり、その持分は二十万分の十九万七千であつたことが認められ、そして、被相続人には、右会社の持分以外に遺産がないことは、昭和三十三年五月七日付当庁家庭裁判所調査官大野輝房の調査報告書の記載のとおりである。

合名会社の社員が退社したときは、会社に対してその持分の払戻請求権を有するものであるから、その社員が死亡により退社したときは、右持分払戻請求権は当該死亡社員の遺産として相続人に帰属するものである。よつて、右持分払戻請求権を法定相続分に応じ相続人たる当事者間に主文のとおり分割する次第である。

なお、申立人兼安たみは、山田合名会社所有名義の不動産は、実質は被相続人の個人所有物であるからその現物分割をすべきであると主張し、相手方山田久作は、被相続人死亡前である。昭和二十七年一月十五日被相続人および本件当事者全員の間で締結された契約により、山田合名会社所有名義の土地は全部自分が譲受けることになつておるから、これは遺産分割の対象にはならないのに反し、山田啓三所有名義の、江東区深川白河町○丁目○○番地○、宅地二百二十六坪七合三勺および同所所在二階建家屋八十九坪七合七勺等が実質上山田合名会社の所有であると主張する。しかしながら、同会社所有名義の不動産が実質上被相続人個人の所有であるという証拠はない。また、会社の財産自体は被相続人の遺産とはならず、ただ会社財産の上に被相続人が社員として持つていた持分の払戻請求権のみが遺産となるのであつて、会社財産がどのような内容を持つているかは、本件遺産分割については問題とならないことである。そして、払戻される持分の価額は被相続人死亡当時の会社財産の状況に従つて計算されるものであつて、しかもその持分が、現物で払戻されるか金銭で払戻されるかは、会社がこれを決するものであつて、払戻請求権者自身が選択しうるものでないことは、商法第六八条民法第六八一条の規定からして明らかである。(ちなみに、山田合名会社の定款には、持分の払戻に関して何等の規定がない。)従つて、会社所有物件を直接申立人等の権利として分割する旨の審判をすることは法律上不可能である。

よつて主文のとおり審判をする。(家事審判官 河野力)

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